干物のツクリカタ~この母にしてこの娘あり

今日はわたしの誕生日。この歳にもなるとさすがに嬉しいものではありませんが、めでたいことに変わりはありません。ちなみにプレゼントは年中受付中です。

誕生日とは、文字通りの意味の他に「産んで育ててくれた母に感謝する日」でもあるとわたしは思っています。母が産んでくれて今の自分があり、育てられたからこそ今の自分が…。

自分で言うのもナンですが育て方は若干間違いがあったかもしれません。

そんなわけで、今回はシーナ家一濃いキャラ・わたしのを紹介させて下さい。
退屈はさせません(多分)。イイ話はありません(断言)。

求む挑戦者! エキセントリック母ちゃん最強(凶)伝説

母は来月で67歳。趣味はテニスと旅行という、スペックとしては一見ごく普通の専業主婦です。が、その行動たるや規格外。中でも強烈だった母のアクションを3つセレクトしました。

FILE1・幼児にピアス

わたしの耳には現在、左右合わせて7つのピアスホールがあるのですが、ファーストピアスは母によるものです。2~4歳の記憶にも残らない、物心もつかない頃でした。耳掃除で身も心も母の膝に委ねまくっている娘の左耳に、何の予告もなくミシン針をブスッ!とひと刺し。ギャン泣きする声が響く中、金の玉の(←繋げるとアウトなので敢えて離す)ピアスを装着してくれたそうです。

幼稚園、小学校と進学し集団行動をするようになると、「どうして他のひとにはついてないのだろう」という疑問が出てきました。いつだったか母に「どうしてわたしの耳には玉(←ピアスという言葉は当然知らない)が付いてるの?」と聞いたところ、返ってきた答えがコレ。

「ジュリーとお揃いにしたかったから♡」

当時の母はジュリー(沢田研二氏)追っかけ熱烈なファンでした。今思えば、わたしも二十歳前後からV系バンドにハマりはじめ、ピアスをガンガン開けはじめました。あれは母の強烈な遺伝子の為せる業だったのですね。じゃあ仕方ないですよね。自分の耳でやって下さい。

FILE2・消えた母

まだ携帯電話が普及する前のある日。夜になっても母が帰ってきません。翌日になっても帰ってこず、連絡もなく、何かあったのではないかと動揺しつつ、とりあえず捜索願いを提出。

さらに3日も過ぎるともう気が気ではありません。会社の残業をキリッと断り真っ直ぐ家へ。入って最初に目に入ったのは父の脱力した後ろ姿でした。まさか母に何か…、と、悪い予感を振り払いながら父に声をかけると、父は無言で一枚のハガキを差し出したのです。そこには…

「言うの忘れてたけど、今イタリアにいます。××日には帰るからね!チャオ♪」

という外国のポスター葉書と見慣れた母の字。

「忘れてた」、じゃねぇよママン。

それ以来母は年に3~4回、日に換算すると約1ヶ月半海外へ飛ぶようになりました。「ちょっとジャスコ行ってくる」と同じニュアンスで「ちょっとモロッコ行ってくる」と、一人でパックツアーに体当たり。今まで行った国は通過も含めれば30ヶ国くらいでしょうか。
世界一周も目前です。

家族で再三言い聞かせ、懇願したのが実を結び、今では遅くとも前日までには告知してくれるようになりました。最近は治安的に不安定な国にも行きたがるようになり、少し心配です。とりあえず「〇朝鮮に行きたい」と言いだしたら全力で止めたいと思います。

FILE3・専業主婦、マンションを買う

わたし達は元々北海道出身で、転勤はありましたが北海道から出たことはありませんでした。それが高1の終わりに初めて内地(本州のこと)へ。北海道大好き人間の父は、いずれ戻るつもりで札幌に土地と家を残していました。

4年後、念願の北海道への辞令が出たのですが、当時わたしは大学3年、妹短大1年。一緒に行くわけにはいきません。母はといえば「スポーツクラブの会費、来年分まで払っちゃったから」とこれまた同行を拒否。結局、父は単身赴任で北海道に赴くことに。不憫。

父の単身赴任から2年ほど経ったある夏の日、母から出た言葉は耳を疑うものでした。

「来月引っ越すことになったから荷物まとめておきなさい」
は?
「スポーツクラブの近所に新築マンション買っちゃった♡」
え?
「パパは知ってるのかって?あとで電話しておくから大丈夫」
おい。

なんと、母は父不在の間に札幌の土地家屋を鮮やかに売っ払い、祖父の遺産を突っ込んで現金一括でマンションを購入していたのです。マンションって「買っちゃった♡」って気軽に買える代物だったでしょうか。これにはさすがの父も大激怒、怒りに震えた声が電話から離れていてもよく聞き取れました。しかし母の「もう契約したんだから仕方ないでしょ」に対する反論は見つからなかった模様。翌年父は早期退職をし、大好きな北海道と決別したのです。不憫。(2回目)

家族全員で北海道に骨を埋めるという父の望みは、母の衝動買いによって潰えました。
それが今の実家です。

パッションで生きる母と干物化が止まらない娘の共通点とは…

以上、母のキテレツ過ぎるエピソードでした。一事が万事こんな感じなのに、何をしても最終的に「仕方ないネ!」で赦されてしまうのは、長年接してきた中でそういうキャラクターをブレることなく貫き通してきたからだと思います。

一方、その娘であるわたし。昼に起きてはパジャマのまま無為に時間を過ごし、夕方には旦那のご飯を作り、食事⇒風呂⇒就寝まで見届けてから、焼酎片手に朝方までアニメ三昧。

何か結婚前より生活が荒れている気がしないでもないのですが、旦那は何も言いません。結婚前からわたしの干上がりっぷりを十二分に知っているからです。最初から「こういうもの」だと思えば腹も立たないというではありませんか。←開き直り

アクティブな母とパッシブな娘が持つ正反対のフリーダムさ。ベクトルは違っても、無意識に「しょうがないなコイツら」という諦観の念を周囲から引き出しているのだとしたら、やはりそこに「この母にしてこの娘あり」と感じずにはいられません。

心配なのは健康ですが、毎日寝る前にスクワット100回、逆立腕立て伏せ50回をこなす母に「体に気をつけて」と、病院通いで薬漬けのわたしが言っても説得力無いのでやめておきます。

ということで母の紹介でした。
旦那並みに登場すると思いますのでよろしくお願いします(笑)。

そういえば、今日は潰れてなければ結婚式の予定でした

ring00

マリッジリングが奇跡的に間に合ったので、やっぱりちょっとやってもよかったかなーと一瞬思いましたが、それよりもリングの(`・ω・´)(´・ω・`)の刻印が可愛すぎてどうでもよくなりました。指輪の交換だけして結婚式終了。ではまた。

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